大明宮国家遺跡公園概要

      唐大明宮は敷地面積3.2平方キロ、その面積は3つのベルサイユ、4.5の故宮、12のクレムリン、13のルーブル美術館、15のバッキンガム宮殿に相当し、唐代の宮殿建築の壮大なスタイルをフルにアピールしています。

千宮の宮  盛世大唐

 唐大明宮は世に名を馳せる唐の長安城「三大内」(太極宮、大明宮、興慶宮)の中において最も輝かしい建築群で、東洋園林建築芸術の優れた代表で、中華の名高い名門が万邦を協力する重要な場所で、「シルクロード」の東洋聖堂と賞賛されています。唐宗の時代から、歴代の皇帝はここで公務を司り、二百年余りの唐代の政令中枢の場所となっています。

大明宮は貞観八年(紀元634)に建設され、太宗李世民が父親の李渊のために作られた夏宮で、本名は永安宮で、工事が完了されないまま、李渊は死去し、九年に大明宮に名称変更しました。龍朔二年(紀元662)に、高宗帝はそれを増築し、一度に名称を蓬莱宮、含元宮に変更しました。神龍元年(紀元705年)に大明宮に名称復帰しました。

大明宮のレイアウトは台形を呈しており、面積は約3.2平方キロです。大明宮は、「前が宮殿、後ろが寝室」というレイアウトをもって、中軸線は南側の丹鳳門から、太液池まで延長しています。宮南は南から北までの含元殿、宣政殿、紫宸殿等の治朝(中朝)と燕朝(内朝)を中心に、左右は中書で、門下には二省や弘文、史という二館がある上、更に別殿、亭、観等の二十箇所余りの建築から構成されています。

遺跡保護  東洋のお手本

唐大明宮は、唐代の政治の中心と国家のシンボルで、宮殿総面積は約3.2平方キロで、我が国の古代宮殿建築の傑作です。唐大明宮で創設した宮殿建築群レイアウト方式は、中国の古代宮殿制度の基礎を固め、唐の時代以降の中国宮殿建築のお手本となっています。

大明宮遺跡は、現在我が国で最も保管の完全性を有する皇居遺跡で、第一陣全国重点文化財保護部門で、極めて高い歴史、科学、芸術価値を有します。1961年に、大明宮遺跡は、国院で第一陣に重点文化財保護部門として公表され、国際記念物遺跡会議で指定した世界意義を有する重大な遺跡保護プロジェクトで、シルクロード全般で世界文化遺跡を申請する重要な構成部分です。

大明宮国家遺跡公園の建設は、21世紀の中国文化財の保護と利用における総合的、大規模なアプローチです。計画や建設において厳格に世界文化遺産保護の国際規則を順守する上、世界の新理念、新技術、新素材をもってイノベーション展示や利用を実施し、最大限に文化財発掘作業の真正性・完全性、保護や展示利用における科学性・先進性を確保し、遺跡保護は国際レベルにあり、現代的先進な理念をもって歴史文化の遺伝子を残し、東洋の世界文化遺産保護のお手本を確立しました。

遺跡公園  輝かしさの再現

紀元2010101日に、歴史、遺跡本体、都市需要を尊重する理念を則って、大明宮国家遺跡公園は落成して一般公開されました。新しく建設できた大明宮国家遺跡公園は、唐の時代の大明宮の歴史的レイアウトが受け継がれ、盛唐文化の豊かな中身は最も完全で、最も十分で、最も集中した具現化を遂げてます。

大明宮国家遺跡公園は、遺跡保護を基盤にする同時に景観、映画、公演、博物館等の展示手段により、世界各地の観光客を誘致し、旅行という方式で人々に中華の伝統的歴史文化をアピールしています。

      大明宮国家遺跡公園は、「遺跡と公園」の複合体で、大遺跡への保護や都市周辺環境の改善を融合し、都市のイメージ全般を向上し、大遺跡の保護が歴史文化を受け継がれる同時に、我々を引率して中華文明の精神家園に復帰し、最終的にはこの文明古都の都市のコアバリューを確実にします。彼女のシンプルで豊かな中身、美しく歴史感のある、国際化で民族特色が鮮明な文化イメージは、殿前区、宮殿区和宮苑区に浸透し、太液池の240ムーのきらめく水面まで浸透しています。ここは、未来の西安の中核エリアで、古都西安は国際化大都市へまい進する中心的な緑地で、都市が中国や海外の友達を迎える応接室です。